2011年 3/11撮影分

 



3月11日、この日、あの忌々しい東日本大震災が起きたわけですが、そんなことを知る由もなく75を撮りたいという衝動に駆られ、震災前日の夜行バスで仙台へ


仙台到着後はSひたちで相馬へ。

 
◆日立木〜相馬
08:15 235M E721系(F15編成+F**編成)

初っ端は721。
この時間は比較的本数も多く、被写体には困らない時間帯でした。
 
08:38 97レ ED75 1008+コキ

清々しい青空にほぼ統一されたコンテナの編成美。
来た甲斐があったと大満足(^^)
 
08:48 1M 651系K203編成

列車番号は堂々の“1M”

この4連のひたちも実は今回のメインの1つ。
しかしこの列車が最後に仙台に着くことになる“スーパーひたち”になるとはゆめゆめ思はじ。。
 
09:11 237M E721系(F01編成+F19編成)

津波で列車が飲み込まれたというニュースが震災後、頻繁に報じられていましたが、まさにこの列車がその列車。
6時間後にそんな悲劇が来るとも知らずに軽快に走り抜けていきました。
 
09:34 93レ ED75 1010+コキ

先ほどの97レと比べると所々コンテナがなく、少々物足りなさを感じました。

しかしこの列車が常磐線を完走した最後の貨物列車に。。。
 

この後はその場に居合わせた同業の方から1034が代走に入ったとの情報を得て仙台方面へ。


仙台で昼食を摂り、しばらくしてから多賀城方面に向かおうとすると雪が降り出しビミョーな感じとなってきたので、晴れの予報が出ていた鹿島〜原ノ町に急遽進路変更。


 
◆鹿島〜原ノ町
14:41 242M 701系 F510編成

この日は沿線火災の為に常磐線は15分ほど遅れていたようでこの列車も遅れての通過。

本来ならばこの時間に貨物が来るはずだったのですが。。。
 





そして14時46分。

この撮影地に居合わせた人々の携帯が一斉に緊急地震速報のアラームを鳴らし始め、皆、何が起こったのかよくわからない中、あの地震が発生しました。


 



しかし何故かこの時は不思議と冷静で、揺れ始めと共にセッティングしていたビデオカメラで録画を開始。


本来はかさばるので持ってくる予定などなかったこのビデオカメラですが、家を出てから再び家に取りに戻ったという代物。

まさかこんな動画を撮ることになるなんて...
これが虫の知らせというものなのでしょうか



それにしても撤収中に来た余震の地鳴りが恐ろしかったです。

 

Part2は撮影地から撤収後の様子を取り上げます。

それではPart2

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